ブログ 町の法律日記

肝心なところを間違えた!

「錯誤」は無効でなく取消しに

今回は、「錯誤」について取り上げます。

以前、本ブログで
「ジョークは法的に通用する?」(令和5年5月9日更新)と題して
「心裡留保」について扱いました。

その稿では、
「私」が自動車を「売る」と言っておきながら、
真意では「売らない」と思っている。
「売らない」という効果意思と
「売る」という表示行為が不一致であることを
私が知っている、という例を挙げました。

「錯誤」とは、上記の心裡留保と異なり、
私(表意者)が、
上記の効果意思と表示行為とが不一致であることを
知らない状態を言います。

旧民法第95条では、
上記の「錯誤」について、
次のように規定していました。

「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。
ただし、表意者に重大な過失があったときは、
表意者は、自らその無効を主張することができない。」

いまいち、何のこっちゃか分からない感じかもしれませんが、
法律行為の「要素」というものに錯誤があったら、
原則的に無効だよ、と定めていました。

無効とは、そのまんま、
効力を有しない、ということです。

が、改正民法では、
錯誤は無効事由でなく、
取消事由に改められました。

これ、何気に大きなことです。
「取消し」とは、有効に成立していた法律行為を、
意思表示をした時点にさかのぼって無効にする効果があります。

「無効」が、元々無効(何言ってんだ?)なのに対し、
「取消し」は、元々は有効なので、大違いです。

今回の改正では、そんな大胆な変更と共に、
先程のわずか3行の規定では明らかでなかった
法解釈が明文化されています。

一転して第95条(錯誤規定)は
長い条文になってしまいましたので、
例を挙げることによって、
どんな規定なのかを見ることにしましょう。

「錯誤」のケーススタディ

私には娘が3人いるのですが、
チョージョは無類のハリー〇ッター好きでして、
昔からハリー〇ッターの書籍とか辞典とか限定版とか、
果ては原書まで取り寄せて読みふけっている程。

小学生の頃、登校前に通学班の集合場所で一人、
立ちながら原書を読んで待っている光景は、
一種異様ですらありました。

そんなチョージョも、はや中学3年生。
としまえんの跡地にできた
ハリー〇ッターのテーマパークに行きたがっているものの、
受験生ということで行くのを控え、
我慢の日々を過ごしておりました。

そんなある日・・・。

とある書店で、ハリー〇ッターの限定版書籍を見つけたチョージョ。
「ハリー〇ッター」の何かを目にすれば、
ほぼパブロフの犬状態で「買い」モードに切り替わるものですから、
「これ、確かまだ持ってなかったな」と
記憶を辿るのもそこそこに、
その書籍をむんずと掴み、会計カウンターにツカツカ。
「これください」と言って、購入しました。

幸せに満たされながら、ホクホクの笑顔で帰宅したチョージョ。
が、自分の部屋に入ると、その書籍が
しっかりと本棚に鎮座しているではありませんか。

「ありゃ、間違えた・・・」

さて、この場合、
チョージョは書店に「錯誤」を主張して、
2冊目の限定書籍を返品できるでしょうか?

実社会では、購入したその日のうちであれば
返品に応じてくれる店があったりしますが、
そういうのは抜きにして、あくまで法律論のお話、
ということで。

要素の錯誤

では、先程のケースで、
チョージョは返品できるのかというと、
答えは・・・
原則的に返品できません!

ちょっと法律家っぽく言うと、
当該売買契約を、錯誤を理由として
取り消すことは、原則としてできません!!

そもそも論になりますが、
錯誤取消しを主張するには、錯誤は錯誤でも、
「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」
でなければなりません。

こういう錯誤を「要素の錯誤」と言います。

「法律行為の目的」は、本件では「ハリー〇ッター」の本を買うことであり、
チョージョにとっては、例えば「ハリープッター」の書籍には何の価値も見出せない訳ですから、
「ハリー〇ッター」の本を購入することは、重要な要素と言えます。

また、「取引上の社会通念に照らして」というのは、
チョージョの価値観はいざ知らず、
社会一般の人の価値基準に照らす、ということであり、
一般ピーポーが、「そりゃ、ハリー〇ッターの本を買おうとしているのに、
ハリープッターの本を『買います』とは言わないよ」と
と考える程に重要な要素が、錯誤状態でなければならないのです。

よって、ハリー〇ッターの本を買おうと考えているのに、
「ハリープッターの本をください」と
言い間違えちゃった・・・という場合には、
要素の錯誤ですから、取消しを主張できるのですが、
本件はもっとシビアなケースです。

店の会計係の方からしてみれば、
少女がツカツカとやって来て「これください」と言い、
ハリー〇ッターの本を差し出しただけですから、
よもやその本をチョージョがすでに所持していて、
意図せず同じ本を2冊買う(しかも2冊は要らないから1冊を返品する)という
要素の錯誤状態に陥っているとは思い寄らない訳です。

本件のような場合は、
例えチョージョの「買う」という意思表示が
要素の錯誤に該当するとしても、
「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」
されていなければ、取消しを主張することができません。

具体的には、チョージョが会計係の方に、
「この本、欲しくて欲しくてしょーがなかったんですけど、
どこを探してもなくって。でも、ここでやっと巡り合えました!」
とか言って(表示されて)、ハリー〇ッターの本を差し出したような場合じゃないと、
錯誤を理由として取り消せない、ということになります。

これなら、なるほど、店側の法益も守られているかな、と思う一方で、
実際に「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」されることは
そんなに多くないような気もしちゃいますよね・・・。

重過失があった場合

先の例で、書店に行く前に、
チョージョが自宅にハリー〇ッターの限定版書籍があることを
確認していた、とします。
なのに、書店でハリー〇ッターの限定版書籍を見かけた途端、
パブロフの犬なものですから、すでに持っていることを思い出しもせず、
条件反射的にその書籍を購入した、とします。

そんな人いるかしらん・・・。

チョージョは、確かに要素の錯誤に陥っているのですが、
その錯誤が、チョージョのひどい不注意、
抜けっぷりが半端じゃないでしょ、
というくらいに落ち度がある、と言えます。

こういうのを「重大な過失」と言いますが、
チョージョに重大な過失がある場合は、
店側が、
(1)チョージョに錯誤があることを知っていた。
(2)チョージョに錯誤があることを重大な過失により知らなかった。
(3)チョージョと同じ内容の錯誤に陥っていた(今回のケースでは考えられませんけれど、ね・・・)。
上記(1)~(3)に該当する場合を除いて、
チョージョは錯誤を理由として
売買契約を取り消すことができません。

重過失があっても取り消せるんだとしたら、
恐ろしくて、誰も安心して取引なんか
できなくなってしまいますからね~。

対第三者効

以上のように、改正法によって
錯誤は無効事由から取消事由に改められました。

取消事由ということは、先述のとおり
取消しをするまで当該法律行為は有効な訳ですから、
「第三者」への配慮が必要になってきます。

例えば、こんなケースで「第三者」が絡みます。

チョージョが、何かの景品で
ハリープッターのキャラクター「ヘドロウィッグ」
とおぼしきフィギュアをゲットしました。

チョージョは、ハリー〇ッターのヘド〇ィグが大好きなのですが、
「ヘドロウィッグ」には全く興味がないので、
ジジョにあげました(贈与契約)。

ジジョは、ひとしきり「ヘドロウィッグ」とおぼしきフィギュアで遊んだ後、
飽きてしまったので、そのフィギュアを
ハリー〇ッターにもハリープッターにも興味が無いサンジョにあげました(またまた贈与契約)。

ここで登場したサンジョこそ、
典型的な第三者です。

が、ひょんなことで、
チョージョは、ジジョにあげた「ヘドロウィッグ」とおぼしきフィギュアが
実は「ヘド〇ィグ」であることを知ったのです!

そう、チョージョは、まさに要素の錯誤状態でジジョとの間で
「ヘド〇ィグ」フィギュアの贈与契約を締結してしまっていた訳ですね。

頭を搔きむしるチョージョ。
「変なフクロウ~(笑)」と言って遊んでいるサンジョを尻目に、
ジジョに対して、錯誤を理由として贈与契約を取り消す旨の意思表示をしました。

取り消されたことによって、
チョージョとジジョとの間の贈与契約は
契約時にさかのぼって無効になりますから、
ジジョとサンジョとの間の贈与契約も当然無効に・・・
ということにはなりません!

上記の例では、サンジョは
チョージョが錯誤に陥っていたことを知らず、
知らないことについて何の落ち度も無いからです。

が、サンジョが錯誤を知らなかったことについて
何らかの落ち度があった場合には、
チョージョは贈与契約を取り消すことができます。

サンジョに落ち度があったのか、無かったのか・・・。

姉妹の間で、「ヘド〇ィグ」を巡って
血で血を洗う争いが繰り広げられましたとさ。

CONTACT
お問合わせ

司法書士 土地家屋調査士 行政書士 おがわ町総合法務事務所へのお問合わせは、
電話、メールのいずれからでも受け付けております。
お気軽にどうぞ。