ブログ 町の法律日記

ジョークは法的に通用する?

心裡留保(しんりりゅうほ)

突然ですが、来月、つまり令和5年6月、
当事務所が開業10周年を迎えます。

「10年」というと長いように感じますが、
振り返ってみると、あっという間でした・・・。

開業1年目は、地縁の無い土地で開業したということもあってか、
閑古鳥が鳴く始末。
なのに税金やら事務所の固定費やら
生活費やら住宅ローンの返済やらで
容赦なくお金が消えていく日々を送っていたため、
やたらと長く感じたものです。

幸い、2年目以降は「あっ!!!」という間に
時が流れていくことになった訳ですが、
もし、そうなっていなかったら・・・?

「開業して2年で、事業を軌道に乗せるための
目処を立てる。
目処が立てば、生活で苦労することはなくなる」と考え、
ワイフにも言っていた私。

石の上にも三年、って諺もあるじゃありませんか。
まあ、「三年」って長い年月って意味ですけれど。

ワイフも、私がそんな心づもりで
事務所経営にあくせく取り組んでいたことを
知っていた・・・筈です。

が、開業1年目、
そう、閑古鳥が鳴きじゃくっている最中に、
こんな会話があったとします。

補助者という名のワイフ(以下、「ワイフ」という。)
「ねえ、こんな調子で
本当に安定した生活を送れるようになるの!?」

私「なるよ~」

ワイフ「全然そんな気配を感じないんだけど」

・・・すみません。
先程、「こんな会話があったとします」と書きましたが、
ここまでのやり取りは実話です。
というか、何度も繰り広げられたやり取りです。
というか、そのうちの複数回は夢の中で展開されました。

が、ここからはフィクションです!

私「じゃ、司法書士辞めるか。
都内で働くから、車も要らなくなる。
売っておいてくれる?」

ワイフ「上等だよ。だがな、これだけは言わせてもらうぜ?
あたしゃ、あんたがマジで司法書士になるって言うからサポートしたんだぜ?
司法書士になって独立開業して、ジャパニーズ・ドリームを掴むって言うから
会社も辞めてこの事務所のしがない事務員になったんだぜ?
しかも、もうすぐ3人目の子が生まれるんだぜ?
(注:開業当初、ワイフは3人目を身ごもっていました)
2年がどうとか、芋の上にも何年とか言ってなかった?
この根性無しの疫病神め」

・・・ハイ、ここまで!
洒落にならないくらいの険悪ムードですね~。

断っておくと、
「司法書士を辞めるから、車を売っておいて」という発言は、
私の本心ではありません。
もちろん、冗談です。
ジャスト・ジョークです。

が、ワイフは車を売りに行ってしまったとさ・・・。

はい、ここで問題になるのが
「心裡留保(しんりりゅうほ)」
という民法第93条の規定です。

今回は、令和2年4月1日から施行された改正民法のうち、
心裡留保について取り上げます。

ジョークは有効か、無効か

本件で、私は、
自分が所有している自動車を
ワイフに売ってくるよう依頼しています。
これは、委任契約という法律行為です。

が、この委任契約に係る委任者、即ち私の
「売る」という意思が真意でなく、
ワイフに代理権を与える意思もなかったとしたら・・・。

当該契約は有効に成立していると言えるでしょうか?

この場合、ワイフが、
私の「真意ではない」ことを知り、
又は知ることができたときは、無効になります。

逆に言うと、ワイフが
私の「真意ではない」ことを
知ることができなかったときは有効になるのですが、
ワイフは、私の真意でないことを
知ることができる状況にあった(と言えるでしょう?)ので、
無効です、無効!!

ワイフが売りに行ったとしても、
無権代理(これについては、また改めて触れます)
ということになりましょう。

ジョークに第三者が関わってしまったら?

ほんの、小さな、デキごころ・・・。

たかがジョーク、されどジョークです。
ジョークも有効になるのが原則、
というのが法のスタンスな訳ですね。

そんなジョークが、
私とワイフの間だけで交わされたのであれば
まだいいのですが、
「第三者」に飛び火することがあります。

「第三者」とは、日常生活でもよく利用される単語ですが、
ここで言う「第三者」は「当事者でない者」という意味ではありません。

「第三者」とは、
新たな独立の法律上の利害関係を有するに至った者
のことを言います。

具体例を挙げてみましょう。

先の例をちょっと変えて、
私がジョークで
「車があんまり気に入らないからあげるよ」
とワイフにジョークで
無償譲渡する意思表示をし、
ワイフが承諾したとします。

これは、贈与契約という
れっきとした法律行為ですが、
ワイフも冗談だと分かっていたので、
上記贈与契約は無効でした。

が、ワイフがその車を
自分のものとして別の人に売ってしまったら・・・。

こういう「別の人」が、
典型的な「第三者」です。

この場合、「別の人」は、
贈与でなく売買で取得していますから、
お金もワイフに支払っている訳です。
でも、私とワイフとの間の贈与契約は
無効な訳です。

・・・どうなるのか?

この場合、第三者が、
上記贈与契約が無効であることを知らなかったならば、
私は、「いや、その車をワイフにあげたっていうのは
無効です!」とは言えなくなるのです。

かつて、民法の心裡留保に
上記のようなことは規定されていませんでした。

民法94条2項というものが上記と似たようなことを
規定していたので、それが類推適用されていたのですが、
民法が改正され、明文化されました。

なお、ワイフにお金を貸している人(一般債権者)がいたとして、
ワイフが私から車を(無効だけど)贈与されたと耳にしたので、
その車を取得して換金・債権回収しようと考えたとします。

その一般債権者が、私に対して、
車の登録名義をワイフに移転せよ、
と言ってきたとします。

これは「債権者代位」といって、
債権者には、自らの債権を回収するために
債務者(この場合、ワイフ)に代位して
私に請求できる立場にあるのです。

が、そうは問屋が卸さない。

この場合の一般債権者は「第三者」に当たらず、
上記贈与契約が無効であることを知らなかったとしても、
保護されません。
「新たな独立の法律上の利害関係を有するに至った者」とは
言えないのです。

「第三者」になるためには、
目的物を取得したり、目的物に抵当権の設定を受けたり、
目的物を差押えた債権者等でなければなりませんので、
日常生活で使う「第三者」とは別物と考えた方がいいでしょう。

実務に影響は無い・・・

今回は、心裡留保について説明しましたが、
そもそもこの規定、
実務においてはあまり出番がありません。

しかも、改正前に明文化されていなかった部分も
判例法理で補われていた訳で、
それが改正によって明文化されたに過ぎません。

実務において、心裡留保規定の改正は
影響がないものと言えましょう。

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